『永遠の今を生きる ― 時空を超える二人』要点メモ
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校正版
1. 神・祈り・自己の在り方
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人間の力と祈り: 「人間は自然に勝てない」と言われるが、角川氏は「自然に負けない人間の力」を信じ、祈り続けている。
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神我一体: 「神は割れない、我は神なり、神我と共にあり」という神道の根本原理。神は外にいるのではなく、自分自身(内側)に存在する。神社とは「自分に会いに行く場所」であり、神に祈ることは自分に祈ることと同義である。
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一神教への批判: 人間を犠牲にする神や、権力者が支配のために作った「外側の神」は迷信である。自分の中に神がいれば、それが真実である。
2. 拘束からの解放と「今」を生きる智慧
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獄中での悟り: 肉体は拘束されていても、魂や精神は自由である。使命感を含め、自分を縛るあらゆるものから解放されることが重要。
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過去・現在・未来の捉え方: 時間は「未来→現在→過去」へと流れる。未来は自分で作るものであり、過去の因縁に囚われる必要はない。
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地獄をやり過ごす思考: 刑務所での苦しい現実も、「未来から見ればすでに過去のことだ」と捉えることで、角川氏は2年5ヶ月の独居生活を耐え抜いた。
3. 宗教・戒律・伝統への視点
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言葉の鮮度: 掲示(啓示)を受けた言葉は、時代によって意味が変わる。それを「不変のバイブル」として固定化する原理主義は間違いである。
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宗教の本質: 信者を集めるのが主体となっている宗教は間違い。素晴らしい教えがあれば、人は自然と「集まる」ものである。
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仏教的戒律への疑問: 肉欲や物質欲を禁ずる戒律は、生身の人間を否定することに近い。死ねば嫌でも欲はなくなるのだから、生きている間は自由であるべきだ。人生の目的は修行ではなく「遊ぶこと」である。
4. 身体性と直感の力
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瞑想と身体: 身体をないがしろにした瞑想は無意味である。ハタ・ヨーガのように体を使うことで、深い集中が得られる。
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技とバランス: 木刀を3万回振る、あるいは4時間パンチを打ち続ける。これらは力ではなく、バランスと「無」の状態で行うため、疲弊せず破壊力が増す。
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直感(直覚)の本質: 直感とは、データや知識から引き出すものではなく、余計な曇りがない状態で「正しい周波数」に合うこと。自分を空(くう)にすれば、誰にでも備わっている能力である。
5. 役割と自分探しの本質
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目の前のことに集中する: 「自分探しの旅」として遠くへ行く必要はない。今いる場所で、目の前にある役割に一生懸命取り組むことで、進むべき道は自然と見えてくる。
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宿命と運命: 一般的な解釈とは逆で、「運命(命を運ぶもの)」は変えられず、肉体的な「宿命」は変えられる。人生を一種の「ゲーム」と捉えれば、苦労もまた楽しむことができる。
6. 執着と死生観
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執着との付き合い方: 執着を無理に消す必要はない。それがあることを観察し、囚われなければいい。
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死をコントロールする: 自殺ではなく、死を自在に(覚悟を持って)受け入れることで、不安や悩みは消失する。「今この瞬間に死んでも幸せだ」と思えることが、最高の行動力を生む。
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永遠の今: 人生は今の連続である。「今」を認識することで、先延ばしにしていた行動が、確かな「今」の行動へと変わる。
元のメモ
以下は角川春樹と成瀬雅春の共著「永遠の今を生きる時空を超える二人)の要点メモです。
角川春樹は 天変地異があった時によく人間は自然に勝てないと言いますが 人間の持っているのは 僕は自然に負けることはないというのが 私に一貫した祈ってる人間の力だと思いますと言っている
神は割れない 我は神なり 神我と共にあり これは神道の根本 原理です
角川春樹は 獄中で 次のように考えた自分の肉体は拘束されているけれど 魂や精神は拘束されていない 私は生涯 あらゆる 拘束から離れ、使命感 も含めて自分を縛っている様々なものから解放されよう
神道で言うと 親睦の力というのは半径50m しか 成瀬雅治は人間の半径200km 先には神はいないと言っている神は人間と一緒に移動するということはすなわち 自分自身を中心としている つまり 自分自身に感動する自分がいるわけ
小泉 大師名 先生がこう言いました 「体験したことは話してもいいでも書いてはならない書いたらそれが バイブルになってしまうその時に 掲示を受けた言葉は時代によって変わる 相手はそれがずっと変わらないものとしか受け止めていないので 書いてはならない 」だから 原理主義というのは基本的に間違いなんです
その時代に降りた時の刑事は正しくての時代によって言葉の意味は変わっていくわけです それを永遠に不滅のものだと決めつけてしまうのは大きな間違いなんです
残留思念 バイブレーションは確実に存在しています 例えば今角川さんと対談していて お互いに面白いな 楽しいなといった思いはその場にいつまでも残り続けます
角川春樹の息子が言ったこと 「パパ 神社っていうのは自分に会いに行くところなんだね 神に祈ることは自分に祈ることと同じなんだね 」つまり 神というのは遠くにいるのではなく 自分自身なのです 外にいるのではなく内側にある その考え方は本当に事実だと思います
一神教は人間を犠牲にして成り立っている どんな使命にもしたがいます どんな困難にも耐えますと人間が触れさなければいけない 神 人間を犠牲にして成り立つ髪など私は信じていない 完璧に否定します 基本的に自分の中に神がいれば正しいのです 自分の外側に髪があるというのは単なる迷信ですよ 権力者が政治的に利用するためにそういうものを作ってしまう紙を一つにしておくと 教壇を作りやすいんですよ 私は一神教というのは迷信だと思っています その 紙以外には認めない 絶対なんだと強い神などありえない 神は一つ切りとはどこから出てきたのか 人間と神は共存しているのだから
角川春樹は剣を成瀬正 春はヨーガを誰から習うわけでもなく やり始めたら簡単にできるようになった
どの宗教でも信者集めが主体になっている それ自体が大きな間違いです 本当に正しい 本当に素晴らしいことを言っている人 ならばその話を聞きに多くの人が集まるのです 集めるのではなく集まるのが正しい姿です
角川春樹にとって祈る場が重要 力を発揮できる場所は家でも会社でも他の神社でもなく 明日香宮という場所
角川春樹は3万1000回 黙祷を振っても くたびれない 最初は筋肉の硬かったのに だんだん無限になってくるというかここでやめないと死ぬまで 取り続けるんじゃないかという気になる ボクシングでも4時間 弱みと続けた 50 ラウンドを超えた
用賀の逆立ち なポーズも1時間を超えると時間は関係なくない
よく運命は変えられる しかし 宿命は変えられないというけれど 逆なんだよね 運命は変えられない運命は命が運ぶものだから 宿命とは違う 宿命というのは肉体のこと命を運んできた 存在に私は遊ばれているなと思うプレイヤーも時々は私の言うことをしていてくれるのも 餌を与えるつもりでいるのかもしれない 宇宙がサポートしますと言われてもその割に 獄中に行ったりいろんな目に遭っているなとは思いますよ でもこれは人生ゲームかと思うと判断苦労したけれども それも ゲーム と思えば耐えられた これもありかなと
与えられた役割を探していると見つからない 女王アリ というのは与えられた役割でもたくさんいる 働きアリ が 私は王様 ありになると言って全員が王様になってしまったら死んでしまうでしょう 働きアリ とか 軍隊アリ と言う役割はあるのです それは 探そうとするから見つからない
本当は自分探しの旅 というのは自分の中へ入っていくこと 自分って何だろうなと自分の中へ入っていくために 瞑想だけどどこかに行って瞑想しようというのは違う 俺は瞑想に向いているから ヒマラヤに行こうとか インドに行って瞑想しようではなく 今いる場所でしっかり 自分の中を見つめることが重要です
目の前にあることを一生懸命 見てそこに向かって一生懸命やっていたらその先に自分がやるべきことが見つかるはずです それをしないで見つけよう 見つけようとしているから 何も見えないのです 今目の前にあることにフォーカスして一生懸命やればいい 明日のお金がないとなったら何か バイト ない 2時間でいいから働けないとなればいいのですが そこへフォーカスしないからダメな 多分 みんなは 夢みたいな先のことばかり見ているのです そうではなく目の前 さえ見ていれば 具体的なすべきことが見えてくるし 自分の役割がついてき ます役割を探しに行ってはダメです 角川 さんも自分がやりたいことをやり目の前の やるべきとどうやっていますよね 地に足のついたことをやっているからいいんです
残りのない 視野があって目の前に来たものをポンと選べるのが 直感です それは 誰もが本来持っているもので特別なものではない そこに 曇りや 陰りがあると曲がってしまう 直感力はデータ情報と同じ周波数に自分がピュッと あった時につながる それが合わないととんでもない方へ行ってしまう そのデータを自分の頭で考えて 知識や情報から引っ張りだそうとすると直感にはいかん 今の角川さんの話で言うと 松本ほのか はそういう 芸歴だと表面的なデータだけ見て使うか使わないかとやったら曇りが出てきてしまう
テレビは視聴率があるから 誰にでも受け入れられるように 拒否反応がないように作るしかないが 映画は自分のやりたいことをやる 観客の姿勢では作らない観客を想定し 観客がどう反応するかの計算した上で 自分の 世界 ユーミンも私もそうだと感動しただいたい みんなに 受けようと思うと外れます 見直してもうどうでもいいや 私がやりたいことをやるんだとなると成功する自分のプライベートにこだわった方が結果として それが観客に受け入れられる
瞑想で格好が少し崩れるとパシッと叩かれるなんて本当に無駄 少し崩れてもちゃんと集中していれば大丈夫なのにそれを勘違いしている 瞑想系の人はみんな 体をないがしろにしている 瞑想するには 体を使わないとできない そのために ハタ・ヨーガ がある
2.5kg の木刀力で振っていたらふれっこないのと同じように パンチも力よりもバランスで売っているだけだからいくら売っても くたびれないし その方がはるかに 破壊力がある
見えない力をうまく使っている自分の力だけでやっていたら限界があるし そこから先に行けない でも自分の力は これだけという枠を取っ払うと それよりもっと大きなものがいくらでも来る 枠を決めてしまうとその枠の中でしか 力はない
時空を超えると言うが 超えるのではなく 角川さんの年が届いて相手の痛みがなくなったところには時間と空間がない 超えるという表現はあっているけれど 超える ではなくない急の裏側とやり取りしても一緒
角川春樹は最初は相手の悪いものを自分がかぶってしまい大変な目にあったことが何回かあった 病気を治す際 など 今はかぶるほどの念を送らない 初めから治ると思っているから 本人が直したいと思っているのを手助けしているという感覚かな
ひどいアトピーに毎年なる人を直したこともある それも 枝か何か 何でもいいから植物を持ってきて 植物に転換させてしまう これは先導でもよく使う方法 最低の病気はそれだけで治る 直接 触らないで 全部 植物に移しちゃう中には その場で枯れてしまうものもある
角川さんは人を病気などを治すことを固執していない 狙いがないからいいヒーラーになってしまう人はそれにポストする 私はこういう力を持っているだから世の中の人は 直したい などと思い始めるとどんどん悪いものをもらってしまう
角川春樹は 瞑想をやっていないが 普段の生活の中で瞬間的に思い浮かぶ 直覚することがある ぼーっとしている時に出てくる 6年がなくなった時に1つの思考が出てきます 角川さんは資質 もあります
一般的に 直感は外れるとよく言われますが私の経験では基本的に直感は外れたことはありません 角川 さんにとっての確かな答えだ からあやふやな答えだと確信は持てません まさにこれだというものは外れようがないと言えます 瞑想していて出てくるものは まさにそれで外れようがない
成瀬ヨーガグループは 全国展開などしない。自分が提供しようと思うものが提供できなくなってしまうから 自信がまた弟子の弟子が教えていっても 僕の言っていることが伝言ゲームで違うことになってしまうから意味がありません
角川春樹は裏表がない。パーティーで名刺を渡されて今度食事でもと言われてもいらないと言う
つまり 自由に生きるということは自分に納得できる生き方さえできればいい 自分にとって心地よく だから人生に悔いがなくて一心でもいいと思っているんだろうね
今 刑務所にいる嫌な現実の未来から見たら過去だ 私は過去に生きている 後で散々思い出すだろうが この苦しみも 過去の 苦しみ そう思うことで 静岡刑務所での2年5ヶ月 3日間を耐えてきた
人生の中で生じてくる様々な疑問を分かったよとなれば それは 悟り 構えて言うようなことでもない 誘ったというのはちょっとわからないけれども 分かったというのはある 今まではっきりしなかったものが いきなりパッと開けて あそうだったんだという気づき
仏教で貪瞋痴 という3つの弊害があるけれど 死んだら嫌がおでも肉欲も食欲もなくなるんだから 今やめて どう死後の世界の話を彼岸にいたり 悟り なんだと言うけれど そんなもの 誘った って意味ないじゃない 死ねばそうなるんだから おそらく打ったからの伝言ゲームで本当の話はだんだんずれて行ってしまったんですよ
仏教の無駄な 摂政をしないのわかるし人を妬んではいけない 恨んではいけない これも分かります しかし 肉欲を禁ずる物質 力を禁ずる これを守っていたら人間をやめているのと同じことになってしまうじゃないか そうした 戒律は人生はつまらないものにするだけだ 死んだら当たり前でわかることになぜ生きてるうちに近づこうとするのか意味がないじゃないか 生身の人間としての役割は そんなところにはないよ なぜそんなことを目指すのか 私には全く理解できない 死んでしまったら イヤホンでも何もなくなってしまうのになぜ生きてるうちにそんな境地に至らなければならないのか だいたいそんな 戒律は人間を縛るためにできたものだよ 人間がこの世に生まれてきたのは修行するためでも魂を高めるためでもないそんなことを言う 宗教は嘘だ 全ての人間が この時代 この地球に肉体を持って生まれてきたのは 遊ぶためです 人間という存在は何からも束縛されない自由な存在なんです
時間は未来から現在 現在から過去へと流れる すなわち 未来は自分がつくものだから過去にとらわれる必要は全くない 私は仏教の因縁因果 という考え方が嫌いなんだ 過去の因果が子孫に伝わるなんて冗談じゃない。そんな迷惑な話はないだろう
執着を消せ 雑念を消すなどという人は瞑想も悟りも理解できていない 生きている限り 執着はなくならない 執着はあってもいい どんな執着があってもそれにとらわれなければいいという人生最大 最高の瞬間に比べればどんな執着も色あせてしまう 雑念を消そうとする必要はない むしろ今こういうことが浮かんでいるなと 観察できればいい 執着があってもいい 雑念が浮かんでもいい となると何一つ 難しいことはなくなる財産があってもいいけれど なくなっても構わない 家族と一緒は楽しいけれど 家族を失っても自分の人生は続く それならば 充実した人生を歩むべき
死を 自殺ではなく自在にコントロールできるようになれば生きていく上で怖いものはなくなる 不安もなくなるし 悩みもなくなるその結果 最高に充実した人生を歩むことができる今この瞬間に死が訪れても最高の幸せでいられるというのは自殺願望とは真逆の死を受け入れる姿勢です 自分が死ぬことと比べるとどんな執着でも簡単に離れられるようになる そういう考え方ができるようになると 今できることを積極的にするようになる人生というのは未来永劫にわたって今の連続 永遠の今を生きていることをしっかりと認識すべき その認識があれば 来月 すればいい 来年にしようと思っていたのによし 今やろうという行動力が生まれる それだけで この先の人生が大きく変わる
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