[要点] 心身を浄化する瞑想 倍音声明CDブック:成瀬雅春
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Contents
- 3分間でも充実した瞑想の時間を持てればそれでいい。
- 自宅で倍音唱法をする場合、不思議な高音が聞こえてくるケースは少ないと思う。
- 体調が悪い時に、無理をしてまでやる必要はない。
- ずっと声を出していくだけでなく、CDから流れてくる倍音声明の音に寄り添って瞑想してもいい。
- 合唱などでは、本来聞こえるはずのない高音の音を聞くことがあります。
- チベット密教の倍音唱名は、滝に向かって座り、一人で行うものもあります。
- ガンゴットリーのホテルの前にはガンジス川が流れており、30メートルの落差がある「スーリア・クンド」という滝が目の前にある。
- そうした環境の中で倍音声明を実践すると、素早く深い瞑想状態に入る。
- 滝の轟音とよく似た音源としては、例えば以下のものがある:
- 人は音を無視することはできない。瞑想時に、音を積極的に聞き取るようにしたほうがいい。
- そう考えると、瞑想は場所を選ばない。
- 公園のベンチでも喫茶店でも構わないので、頭や心の中で「ウオーベー」と唱えてみてください。
- 瞑想を深めた状態を「宇宙と一体化する」と表現する。
- 効果は人それぞれであり、時間的にも千差万別です。
- 勧戒ニヤマ
- プラナはいつでも体に取り込めるわけではない。自分がイメージした通りにプラナを取り込めるかというと、そんなことはない。
- アシュタンガ・ヨガのステップ5の制感とは、内なる神に意識を向けること。
- そもそも自分自身の悩みや問題を誰かに相談したとしても、最終的な解決は得られません。
- 呼吸数息法(こきゅうすそくほう)
- チャクラは学問的に捉えるものではなく、瞑想の中から獲得するもの。
- ストレス解消とは、自分という大きな部屋に掃除機を隅々にまでかけているイメージです。
- 声をそうじ道具として考えてもらうといいかもしれません。
- 食事瞑想の会でも、同じような体験をしました。
- 益戸:これまでにフリーダイビングで世界中の海の未知に触れてきたが、ゴームクの水には、生命の原点に直結するような感覚があった。
- 倍音声明を行うと、音や光(光というのは目に見えるものすべてということですが)に対して、非常に繊細で鋭敏になっていく。
- 倍音声明の会に参加すると、身体感覚が変化したり、不思議な音が聞こえてきたりする。つまり、日常とは違った体験ができる。
- 極端な例を出せば、カラオケを歌いながらでも瞑想ができる。
- 益戸、私たちがこの世に生まれてきたということは、それだけで祝福されていることだと思っている。
- 人生は楽しければいいと言っても、だらしなく楽しむということでは決してない。
- なぜジェットコースターに乗ったり、ホラー映画を見に行ったりするのか。
- インド神讃歌(バジャン)の会。
3分間でも充実した瞑想の時間を持てればそれでいい。
もっと続けていいのであれば、雑念が消えたり足の痺れが解消したりした時点で再開すればいい。
快く瞑想の時間を持てないのであれば、それは瞑想ではない。単なる我慢大会。細切れでもいいので充実した瞑想の時間を持ち、それを継続することが大事。
自分が快く思えることを基準として、一日に何度聞いても構わないし、全く聞かない日があってもいい。
自宅で倍音唱法をする場合、不思議な高音が聞こえてくるケースは少ないと思う。
ただし、CDを少し大きめの音で流しながら、いつもとは違った音の高さ、もしくは低さで声を出してみると、倍音が生じる可能性がある。風呂場など音や声が響く場所で行うと、聞こえる可能性がさらに高まる。不思議な高音を聞くのは神秘的で面白い体験だが、それが瞑想の深度に関係するかといえば、一概にそうではない。
体調が悪い時に、無理をしてまでやる必要はない。
瞑想は、楽しめるかそうではないかが重要だ。
ずっと声を出していくだけでなく、CDから流れてくる倍音声明の音に寄り添って瞑想してもいい。
それだけで気分が良くなる。声をあまり出さず、時々ハミングしたり倍音を出したりといった方法を試すのもいい。
合唱などでは、本来聞こえるはずのない高音の音を聞くことがあります。
古い時代、ヨーロッパなどでは「天使の声」と呼ばれ、神秘的に語られてきました。現代の科学では、倍音を聞いていたと考えられています。
この倍音を意図的に作るのが倍音唱です。天井の高いホールや鍾乳洞など、声の響きやすい場所で多人数が低音を連続的に発生させ、バイブレーションを起こすことで倍音が発生します。
倍音は体内に精妙な振動を起こす。その振動は心身を浄化し、上昇状態へ導く。
チベット密教の倍音唱名は、滝に向かって座り、一人で行うものもあります。
滝に対して自ら発生させる母音をぶつけることで、滝の音と自分の声が混ざり合い、強い倍音が出ます。体内に母音による振動を響かせて倍音を発生させるのです。
その修行を続けていくと、音を視覚化できるようになります。目を閉じた状態で、目の前に像を描き出すテクニックを「観想法」といい、チベット密教の倍音唱名はそれで完成します。
ガンゴットリーのホテルの前にはガンジス川が流れており、30メートルの落差がある「スーリア・クンド」という滝が目の前にある。
滝は轟音を発しているが、音が大きすぎて不快感を感じることはない。コンサートホールや野球場で眠くなった経験がある人は多いと思うが、とてつもない大きな音を連続的に聞いているとき、人はもはやそれを「ゴーゴー」という雑音だと認識しなくなる。
この轟音が、快適な睡眠へと誘う一つの要素なのだ。
また、このホテルでベッドに入ると、体が細かく揺れ動くのを感じる。
席の周辺では地面が微振動しており、その微振動が音とともに瞑想効果や睡眠効果を高めてくれる。
電車で座席に着くと眠くなる人は多いが、これも同じことだ。
項目の岩室側、ガンジス川の濁流渦巻く轟音と地面の微振動があり、私を快適な瞑想へと誘う。
そうした環境の中で倍音声明を実践すると、素早く深い瞑想状態に入る。
ほんの少し口を開けて囁くような母音発声でも、全身に母音を共鳴させる。
滝の轟音とよく似た音源としては、例えば以下のものがある:
- 高速道路の車の流れる音
- パチンコ店の店内に充満する音
- 居酒屋の店内の騒音
- コンサート会場の音
そうした場で声を出すことで、わざわざチベットへ赴かなくても、倍音声明を一人で実践することができる。
人は音を無視することはできない。瞑想時に、音を積極的に聞き取るようにしたほうがいい。
普段は自分の趣味や思考で選択している音を、瞑想では一切の選択なしに聞き取るように練習する。
普通なら聞き逃してしまうような音をしっかりと探し出し、冷静に聞き取るようにする。あらゆる音を聞き取るのに慣れてきたら、今度はこの音を瞑想に役立てるようにする。
音が聞こえてきたときに、音が聞こえることによって自分の気持ちが落ち着くという方向へ、意識を結びつけるようにする。
そうしていると、様々な音が聞こえてくればくるほど、気持ちが落ち着くようになる。どんな音が聞こえてきても動揺せず、気持ちが落ち着くようになれば、瞑想のレベルがアップしていく。
救急車のサイレンは、緊急事態を伝えるため、人の注意を引くためにわざと耳障りな音にしてある。
そのような音でさえ、家族が危急の状態で救急車を呼んだときに聞いたら、イライラするどころか、ホッと安心することになる。むしろ気持ちが落ち着くことでしょう。
瞑想中に聞こえる音は、どういう気持ちで聞くかで全く違ったものになる。たとえどんな音が聞こえてきても、すべて瞑想に役立つ音だという認識で聞けば、深い瞑想状態にどんどん入り込むことができる。
その音が自分の体の精妙な部分に刺激を与えて、瞑想の深みへと引き込んでくれるという解釈をとるようにする。そうすれば、どんな音が聞こえてきても瞑想はいい方向に向かう。
そう考えると、瞑想は場所を選ばない。
- 駅のホーム
- 公園のベンチ
- 喫茶店
どこで行ってもいいが、ただし倍音声明を行う場合には、声を出すため周囲の人の迷惑にならない場所で行うようにする。
公園のベンチでも喫茶店でも構わないので、頭や心の中で「ウオーベー」と唱えてみてください。
実際にやってみると、体内で振動が起こるのが掴めてきます。これは、声を出すよりもはるかに強力になります。
マントラでも日本の神話でもお経でも、それぞれに意味があります。意味があるということは、限定されているということです。
ところが、倍音声明はその限定がありません。唱えるのは母音であり、そこに意味性はないので、無限の解釈が可能です。どんな意味合いをつけることもできるし、どんな解釈でもできるために、非常に強力です。
そのため、般若心経が聞こえている人の隣で賛美歌が聞こえたり、オーケストラが聞こえたりすることもあります。限定がないということは、その人が聞こうと思うのなら、何でも聞こえる可能性があるのです。
瞑想を深めた状態を「宇宙と一体化する」と表現する。
瞑想に関する本ではよく目にする表現だが、この表現はまさに「大気と化してしまう」ことにほかならない。
人は進化するにつれ、純粋性を失った。その純粋性を取り戻そうとして瞑想を行うようになった。これこそが、瞑想の本来の意味である。
「大気と化す」ということを、冗談として捉えてはならない。
効果は人それぞれであり、時間的にも千差万別です。
すぐに現れる効果もあれば、数年後に現れる効果もあります。
先回りして結果や効果を考えるよりも、瞑想を深めていく中で自分の中に染み出る(あるいは潜んでいる)変化を細かく見つめていくしかありません。
実は、瞑想を自分自身で実践していくと、次第に結果を求めないようになります。求めるまでもなく、予期せぬ変化が起こり、自ずと結果が得られていくので、誰かに聞く必要もなくなります。
つまり、結果や効果ばかりを問い求めているうちは、まだ瞑想を実践できているとは言えないのです。
結果や効果を限定して考える必要もありません。瞑想によって得られる結果や効果は一人一人違って当然であり、一律の答えはないのです。
勧戒ニヤマ
清浄:心身を清潔に保ち、体と心を浄化するように努める。
知足:生命をつなぐもののみで満足し、足るを知る。
苦行:苦行により心身の汚れを焼いて浄化する。
読誦:聖典を研究して霊的な探究をする。
自在神への祈念:神にすべてを任せることで、悟りに至る。
プラナはいつでも体に取り込めるわけではない。自分がイメージした通りにプラナを取り込めるかというと、そんなことはない。
ある人が富士山をイメージして「富士山のプラナを全部吸い取ってしまおう」と思ったとします。しかし、思っただけではその量のプラナは入ってきません。
宇宙に満ちているプラナを取り込むためには、ハタ・ヨーガの呼吸法(プラナヤーマ)を実践するのが有効です。全身をどのくらいプラナがきちんと流れているかによって取り込める量は違ってきますが、滞りのない流れを作るためには、呼吸法をしっかり行わなければなりません。体の中を強いエネルギーが流れていることも、プラーナを取り込む上で重要です。体内のエネルギーの強い流れをつくるクンダリニーヨーガがあります。
アシュタンガ・ヨガのステップ5の制感とは、内なる神に意識を向けること。
自分の内部に意識を向けることだけでもしっかりとできるようになれば、人生におけるあらゆる悩みの大半は解決できます。なぜなら、人生における悩みの答えは、自分自身の内部から得られるようになるからです。
そもそも自分自身の悩みや問題を誰かに相談したとしても、最終的な解決は得られません。
最後は自分で答えを導き出し、決断することになります。
そのため、瞑想によって自分の内面に意識を向けることができるようになると、心は落ち着き、正しい答えを出せるようになります。
呼吸数息法(こきゅうすそくほう)
事前に50呼吸、または100呼吸までと決めておくと、目標ができるためやりやすく、集中力を強化できます。
数を決め、それにかかった時間をチェックして毎回記録しておきます。記録したデータを比べることによって、自分の呼吸の深さや、その時の精神状態などを知ることができます。
チャクラは学問的に捉えるものではなく、瞑想の中から獲得するもの。
一つのチャクラでも、修行者によって感じ方や捉え方が違うために様々な名前がある。
その中でも大半の行者が一致して認めるのが、七つの主要なチャクラである。
ストレス解消とは、自分という大きな部屋に掃除機を隅々にまでかけているイメージです。
窓際などは綺麗になっていますし、よく見れば雑巾がけもしています。
倍音声明では、徹底的なお掃除をします。カルマを浄化し、自分という部屋を光で満たさせる工程なのです。大勢で声を出すと音が混ざり、様々な声、つまり様々な周波数が響き合うようになります。
それによって響きがマイルドになり、意識体はより響きを受けやすくなります。その結果、カルマを放出しやすくなり、排出しやすくなるのです。
声をそうじ道具として考えてもらうといいかもしれません。
- 大勢で声を出すことは、多種多様な声(そうじ道具)をうまく使うことで、より効率的かつスムーズに(浄化を)行うことができます。
- いつもの掃除に加えて、隙間ノズルや粘着テープの付いたコロコロ、濡れタオルなどを使って、一気に部屋を掃除して綺麗にするようなもの
自分という部屋に溜まっていたゴミがなくなり、プラスのエネルギーが入ってくる。
ポットに泥水が入っていたら、そこにいくら綺麗な水を入れても、なかなか綺麗にはなりません。まずは一旦、泥水をすべて捨てる。それと同じことです。
食事瞑想の会でも、同じような体験をしました。
黙りながら手で掴んだ玄米や野菜を口に入れる、脱力感を大切にする瞑想法でした。最後に深い呼吸を3回し、これを繰り返していきます。
「息を吐いている時に、エネルギーが入ってくるのを感じた」と言ったら、先生も「そう」と仰っていました。
ゆっくり長く声を出せれば、それがいい。それぞれが無理のない、楽な範囲の中で、声を出せば充分
益戸:これまでにフリーダイビングで世界中の海の未知に触れてきたが、ゴームクの水には、生命の原点に直結するような感覚があった。
私たちは、ただそこに存在しているだけで、大いなるものに見守られ、生かされているのだと感じる。
倍音声明を行うと、音や光(光というのは目に見えるものすべてということですが)に対して、非常に繊細で鋭敏になっていく。
見るもの、聞くものすべてが生まれ変わったように新鮮に感じられるようになった、という参加者もいらっしゃいます。
もともとはチベット密教の修行法であり、最後は「音を見ること」を目指す。音を見るとは、すなわち観音様になる、ということでしょうか。
倍音声明の会に参加すると、身体感覚が変化したり、不思議な音が聞こえてきたりする。つまり、日常とは違った体験ができる。
そうした非日常の体験の中では、誰もが自然体で「自分の今の状態はどうなのか」と自分自身を観察する。その観察する姿勢こそが、瞑想には重要だ。例えば、僕が今話している声のバイブレーション。この声が僕の体の中でどこに響き、どこに共鳴しているかを観察していると、実は普通に喋っているだけでも、倍音声明をしているのと同じ状態になります。
極端な例を出せば、カラオケを歌いながらでも瞑想ができる。
普通はカラオケを歌っている時に、自分の体の中がどうなっているのかなんてことには目が向かない。ただそれだけで終わってしまう。
益戸、私たちがこの世に生まれてきたということは、それだけで祝福されていることだと思っている。
だから本来は、もっと自分を知ろうとしなくても幸せなのだ。けれども、自分の体を通して自分についてもっと知ることができれば、より幸せを噛み締めることができるということなんでしょう。
人生は楽しければいいと言っても、だらしなく楽しむということでは決してない。
一生懸命生きていくうえで、苦しいことも、嫌なことも、気持ちいいことも、ありとあらゆるすべてのことを含めて、人生を愉しむということ。
嫌なことも楽しむ姿勢が大事。嫌なことから目を背けたり逃げたりすると、後で必ずしっぺ返しがやってくる。
嫌なことでも、「これを済ませればいいことがある」と思えたら、どんなことでも積極的にできるようになる。それが人生を楽しむということだ。
なぜジェットコースターに乗ったり、ホラー映画を見に行ったりするのか。
それは、辛さや苦しさ、怖さの変化さえも人間は楽しめるからだ。変化を楽しめる人間とはそういうものだ。
インド神讃歌(バジャン)の会。
バジャンホールという部屋で、60歳代のインド人僧侶がインド楽器のヴィーナを奏でながら、インドの神様をたたえる歌を延々と歌う。
僧侶が神様をたたえるフレーズを歌うと、それに続き、参加者は同じフレーズを繰り返す。初めての体験だったが、2時間はあっという間に過ぎ去った。
苦痛のかけらもない、何とも言えない幸せな気持ちになった。ヨーガでいう法悦境(ほうえっきょう)アーナンダとはこれのことかと思えるほど、心地よい体験だった。
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