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アイアンガーヨガ 基本と実践B.K.S. アイアンガー

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ヨガは一度灯すといつまでも輝きを失わない光である。正しく実践すればするほど明るさは増す。
ヨガの第一の目的は、無垢な心、安らぎ、自制心を取り戻し、混乱や苦悩から解放することである。この無垢な心、秩序感覚、平静さは、アサナとプラナヤーマの実践によってもたらされる。

Contents

ヨガやアサナは体、心、知性、そして最終的に自我を4段階に分けて統合する。

第一段階のアーランパワスタは、身体レベルの実践。
第二段階のガダワスタでは、精神が体と調和して動くことを学ぶ。
第三段階のパリチャワスタでは、姿勢と体は一体化する。
最終段階のニスパティアワスタは、完全なる状態である。これらの各段階を通して、生徒の中に精神的な認識が生まれる。ドゥスカ苦痛は消え去り、シンプルで平和な生き方が実現される。

一度ヨガの真摯な実践者になれば、こんな消極的で惨めな精神状態に苦しめられることもなくなる。

ヨガはあなたの人生を照らす。真剣に心から実践していけば、ヨガの光は人生のあらゆる面に広がっていく。

定期的に練習することで、自分自身と自身の目標を新たな観点から見つめることができるようになる。安定した精神、健康の障害になるものを取り除くことができるようになる。

このようにヨガは、すべての人の究極の目標である解放と悟りに到達する助けとなるだろう。

パタンジャリによると、ヨガの目的は矛盾する衝動と思考の混乱を鎮めること。

思考や衝動は我々の心がなすことであり、当然ながらアスミター(自我意識)は自己中心的になりがち。ここから先入観や偏見が生じ、日常生活における痛みや苦痛になっていく。

最終のポーズが完璧に気持ちよくできるようになるまで、練習することが大切。

その時初めて、そのアサナの恩恵を十分に受けることができる。

パタンジャリは「アサナは、それを行う努力が努力でなくなり、内なる神性に到達した時に完成する」と記している。

運動には競技タイプのものが多い。ヨガは競うものではないが、やはり挑戦的なものだ。

自分自身の意志力に対する挑戦である。自身とその肉体との競合である。

ジョギングは心臓を刺激すると医療の専門家は主張する。

実際には、ジョギングした人の心拍数が増えるが、心臓にエネルギーを与え活性化するというヨガ的な感覚の刺激を与えるわけではない。

ヨガの後屈のポーズはジョギングよりも身体的にきついが、心拍は規則正しく安定し、アサナをしても息切れすることはない。

ヨガを練習しているとき、心と体のあらゆる部分において完璧にバランスを取るために、力とエネルギーは別々の役割を果たす。このような活気を与える運動の後は再び元気いっぱいになり、新たにエネルギーが溢れてくる。大抵の運動は神経機能を高めることによってエネルギーを増進させるが、最終的には細胞の予備力と内分泌腺を消耗させ、細胞の毒素を増やしてしまう。

循環は促進されるものの、他の器官系や系統を刺激し、脈拍数と血圧が上がるというマイナス面が避けられない。結局、心臓を酷使することになる。このような形態の運動は、骨格と筋肉組織を動かして鍛えるもの。それ以上の領域には届かない。

アサナは体の各層に浸透し、最終的に意識そのものに到達する。伸ばしたりひねったり曲げたりする時でさえ、体も心もリラックスした状態でできるのはヨガだけである。

他の運動と異なる理由は、筋組織に順応性を持たせ、ストレスに耐えられる力をつけることだ。

大部分の運動は満足感をもたらすが、体にストレスも与える。ヨガは体を回復させるが、それに対して他の運動は体を疲弊させる。

ヨガも同じように体のすべての部分を精一杯使うが、どの部分も無理な使い方をすることはない。他の運動では、その動きは一つまたはいくつかの部位に限定される。それらは反射運動であり、それらを行うときに知力を必要としない。余分なエネルギーを消費しない限り、正確さや完璧さを追求する余地はないに等しい。

科学とテクノロジーの進歩を通して、現代文明の数多くの分野で無知を克服してきたが、その技術的な成果に対するプライドは、行き過ぎた見当違いのものである。

それによって、多くの人は競争心と羨望を抱くようになった。切迫した財政問題、情緒不安、環境汚染、そして何よりも世の中のスピードに翻弄されている感覚が、日常のストレスを増やしている。

このすべての要因が体に負担を与え、神経を緊張させ、精神に悪影響を及ぼす。疎外感や孤独に取り憑かれるのは、こんな時である。

ヨガはあらゆるストレスから解放してくれるような奇跡的な療法ではないが、最小限にとどめることができる。

現代生活の悩みは、生命エネルギーの蓄えを消耗する超重荷である。それは神経細胞の生命エネルギーを使うからである。これは最終的に我々の備蓄エネルギーを枯渇させ、心と体の平衡を崩してしまう。

ヨガの科学では、神経は無意識層を統括していて、神経組織が強靭であれば、ストレスの多い状況にもさらに前向きに立ち向かえると考える。

アサナによって血行が改善され、すべての体細胞に血液が行き渡り、神経細胞を生き返らせる。この流れが神経組織を強化し、ストレスに耐える力を増強するのである。

ヨガの科学によれば、横隔膜は心の知性の中枢であり、魂の窓口である。

しかし、ストレスの多い状況下では、息を吸ったり吐いたりするとき、横隔膜が緊張して形状を変えにくくなる。

ヨガの運動は横隔膜の伸展性と収縮性を発達させるので、伸ばしたとき、知的・感情的・肉体的なストレスに十分対応できるようになる。
アサナとプラナヤーマの練習は、身体、呼吸、心、知性の統合を助ける。
アサナの練習中にゆっくり無理せず吐く息は、体細胞を鎮静させ、顔の筋肉をリラックスさせ、知覚器官の目・鼻・耳といった皮膚の緊張を取り除く。

脳は行動器官と常にコミュニケーションがあるが、この状態の時には静寂や空の状態になり、すべての思考が静止する。

そこへ侵入してくる恐れや不安が、脳まで到達できなくなる。

この能力が身につけば、日々の活動を効率よくこなしていくことができる。大切な生命エネルギーを浪費することもない。知性は真に澄み切った状態になる。

心はストレスから解放され、静けさと穏やかさに満たされる。ヨガは现代生活のストレスを最小限にしてくれます

あなたの神殿である魂を宿すために、純粋で清澄に保ちなさい

ヨガの科学は音楽の芸術に似ている。体内にはリズムが存在し、アサナのそれぞれの段階や進行に注意を払うことによって、そのリズムを維持することができる。

ヨガの実践には肉体的、生理学的、心理的、そして精神的なリズムがなくてはならない。

もしメロディとハーモニーがなければ、音楽は聴く価値がないだろう。体はまさに繊細で感度の良い楽器である。まるで弦のような振動の数々が体内でハーモニーや不協和音を奏でる。これらの振動の一つ一つが動きの中で同時に起こっていく。それがアサナである。

アーサナを行うときは常に注意を払い、練習時は脳を硬くしないように気をつける。

息を詰めているときに起こりがちで、特に立ちポーズや前屈のポーズでは頭が緊張したり重くなったりすることがよくある。また、背骨を十分に伸ばさずに無理に倒そうとして立ちポーズを行っても起こる。これは動きが背骨の姿勢を利用せず、むしろ力任せであるために、背骨を緊張させるという結果を生み出しているのだ。

こうした状態を、私は「脳を石のように硬くしている」と呼んでいる。なぜなら、自分の体の動きに対して脳が繊細な意識を払っていないからである。

同様に後屈で背中を伸ばしているとき、知性ではなく無理やり力で行うと首周辺を硬くしてしまう。これもまた、脳を硬くしていることになる。

各々のアサナでは、体の一部がそのポーズのブレイン(頭脳、指揮官、意識を向ける場所)としての役目を果たす。

例えばウッティタ・パールシュヴァコナーサナを見ると、バランスの中心である上に伸ばした腕が指揮官となっている。

練習をするときには、この特定の部位を注意深く観察し、焦点を当ててしっかりと安定させる。そして、体の他の部分にもこの意識を広げ、体をコントロールしていく。

次第に体の機能を理解した上でポーズが取れるようになり、単なる身体的な動きではなくなっていく。

段階的にヨガを学ぶ。

ヨガの初心者は、心が何にもとらわれない状態でアーサナを行わなくてはならない。初めは体を単に解剖学的なレベル(この段階をアーラムハワシュタと呼ぶ)として練習を行う。この初歩の段階はとても重要で、先に進むことを急いではならない。

アーサナを習得するために、初心者は何よりも正しい動きを行うことに意識を向けるようにする。この章では、段階を踏んでアーサナが行えるように説明をしている。ポーズをとる中で注意を払うべき重要な動きについて強調している。

初心者はアーサナの全体を理解すべきであり、指などの細かい部分に囚われてはならない。さらに重要なのは、ポーズを安定させるように練習することであり、これが強固な基礎を作ることになる。

中級の段階(ガタワシュタ)に入ると、体の中の変化に伴い、心も影響されていく。

この段階に入ると、体を自分でコントロールしながら正確な動きを練習していくが、心は体の各部分に意識を向けなくてはならない。思慮深くアーサナを練習しなければならないことを指摘している。神経器官、皮膚、さらに一つ一つの細胞まで意識を向けるようにしなくてはならない。これらすべてと心が一緒に流れるようなイメージで行うのである。

上級パリチャヤ・アヴァスタの段階に入る。心によって体が知性とつながった、深い知識を持つ段階である。一度この状態に至ると、心は実在から分離することなく、知性と心が一体となる。私はここで、上級者が集中するべき概念について付け加えている。

調整とは、単に筋肉や骨・関節に対して行うものではなく、精神的で生理学的な体の分野に及ぶ、より繊細で識別力のあるものである。

最終段階であるニシュパッティ・アヴァスタは成熟の状態である。知性が肉体と皮膚の間にある普遍的なものを感じると、そこに自我と魂、つまり自分自身(アートマン)の存在を自覚する。これにより体は自由になり、有限から無限へと旅をする魂と結合する。そして体、心、自我は一つになるのだ。

この段階でのアーサナは崇高な瞑想のようなもので、これはダイナミック・メディテーションと呼ぶにふさわしい。

アーサナとは機械的に形作るポーズではない。動きと相反する抵抗との狭間で逡巡し、バランスが取れたときに静寂が生まれるものだ。

体重は筋肉や骨、関節に等しく分散されているが、同じように知性もあらゆる部分に向けられるべきである。

繊細な体の組織網とアーサナを調和させながら、筋肉と皮膚の間にスペースを作らなくてはならない。こうすることで知覚器官(目、耳、鼻、舌、皮膚)が、それぞれの動作の微細な違いを識別することができる。

生徒がアーサナへの直観的な理解に到達すると、活動器官と知覚器官の結合が起こり、知識はもちろん本能的に動作を正しく調整し始める。献身的に実践しなさい。そうすれば完全にアーサナを自分のものとして同化することができるのです。

体の両サイドが左右対称となり、バランスが取れた状態になると、循環器、呼吸器、消化器、生殖器、排泄器官から過度のストレスが取り除かれる。

それぞれのアーサナでは各器官を構造上異なるポジションに位置づけ、絞り込んで広げ、湿らせて乾かし、温めて冷やす。

器官には新鮮な血液が巡り、優しくマッサージされ、リラックスし調整されて、そして最適な健康状態に導かれるのだ。

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1 × = 六

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